古くて新しい路面電車
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伊 奈 彦 定

 かつて、路面電車は日本の都市交通の主役であった。今日のように、自動車が一般に普及する前までは、身近な公共交通機関として、町の人々の足となっていた。
 日本において路面電車は、1980(明治23)年の内国勧業博覧会で初めて紹介された。その5年後の1895(明治28)年には、早くも京都で運転が開始され、以降、急速に各地で整備されていった。路面電車の敷設都市数は、1932(昭和7)年にピークを迎え、65都市に達した。当時の人々は、親しみをこめて、路面電車を「市電」や「チンチン電車」などの愛称で呼び、通勤や通学、買い物や映画見物などに気軽に利用していた。
 しかし、1960(昭和35)年ごろを境に、路面電車は、しだいに経営が悪化し、路線の縮小や廃線に追いこまれていくようになった。そして、2000(平成12)年には、わずか18都市で走るのみとなり、今日にいたっている。

開通当時の豊橋駅前
開通当時の豊橋駅前(左は愛電吉田駅) 伊奈彦定 画

 なぜ、路面電車は衰退してしまったのであろうか。
 一定の軌道上を走る路面電車は、停留所でしか乗り降りができない。したがって、利用する人々は、徒歩や他の交通手段で最寄りの停留所まで行かなければならない。これに対して、自家用車は自宅から目的地まで直接に行けるという便利さをもっている。自動車産業が、大量生産によって、一般家庭でも購入可能な価格を生み出すと、自家用車は急激に普及していった。


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とよはし市電を愛する会
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